電子スピン共鳴
Electron Spin Resonance (ESR)


ここでは,「電子スピン共鳴」という言葉の説明をします.
そんな言葉,聞いたこともない,という方が大半かもしれません.
でも,「棒磁石にはN極とS極があり,N極は北,S極は南を指す」ことを 御存じの方はたくさんいらっしゃるはずです.
また,ブランコに乗った人の背中をうまく押してやってより強く揺れるようにする, といった経験を御持ちの方も多いでしょう.
「電子スピン共鳴」は,これらのことのちょっとした応用から理解することができます.

まず,「電子スピン共鳴」という言葉をばらばらにして考えます.
1番目は「電子」です.
全ての物質は,「原子」という小さな粒からできています.
その原子は,さらに1つの「原子核」といくつかの「電子」から成っています.
この電子は,電気の素のようなものです.「電流」という言葉は 「電気が流れる」と書きますが,その実体はたくさんの電子の流れです.
このように,電気には素になる「電子」という粒が存在するのですが, 磁石にはそのような粒はありません.いえ,この広い宇宙のどこかには あるのかもしれませんが,まだ発見されてはいません.
では,磁石の素は何かというと,これは「動いている電子」なのです.
不思議な気がしますが,電流が流れる,つまり電子が動くと, 必ず磁石ができます.
電子が,1本のまっすぐな導線の中を動いていれば,その導線の まわりを1回転するように磁石ができ,導線が丸い円になって つながっていればその中心に磁石ができているのです.
1つの電子が回転しているとき,その中心にできる小さな磁石は, 「磁気モーメント」と呼ばれています.

2番目は「スピン」です.
地球が太陽のまわりを回っているように,電子は原子核のまわりを回っています.
さらに,地球が自転しているように,電子も自転しているのです.
この自転のことを「スピン」と呼んでいます.

最後は「共鳴」です.
先程述べた,ブランコの話は,まさにこの共鳴現象の1つです.
ブランコに乗った子供の背中を,大人がうまく押してやれば もっと強く揺らすことができます.この「うまく」がポイントで, 押し方次第でブランコを止めてしまうこともあるわけです.
「うまく」押したとき,つまり元々のブランコの揺れ方に合わせた 「あるぴったりの押し方」をしたときには,大人の手の力を ブランコが吸収して,揺れが大きくなった,と考えることができます.
このように,「ある決まった大きさ」の力を吸収して,元々の振動が 拡大する,という現象を「共鳴」現象といいます.

これまでの説明から,「電子スピン共鳴」とは,「電子のスピンによる共鳴」 であることが予想できるでしょう.
電子は原子核のまわりを回っており,さらに電子は自転している (スピンを持っている)のですが,これら2つの回転を足したものに対しても, 磁石ができると考えられます.
ここでは,この磁石を棒磁石と考えます.
難しい説明は省略しますが,この棒磁石は,こまの軸にたとえることができます.
この棒磁石に外から磁場を加えると,棒磁石はその一端を支点として, 磁場の向きを軸としてこまのように回転を始めます.

ここで,「磁場」について説明しておきましょう.
棒磁石の上に紙を置き,鉄粉を振り掛けると模様ができます.
また,棒磁石のまわりにコンパスを置くと,コンパスは 鉄粉の模様のとおりの方向を向きます.
このことは,棒磁石の外側の空間に,磁石の力が働いていることを示しています.
この磁力の働いている空間のことを,「磁場」と呼びます.
棒磁石のN極が北,S極が南を指すのは,地球全体が大きな磁石であり, その大きな磁石によって磁場ができているからで,棒磁石の向きが すなわち磁場の向きになっている,というわけです.

話をもとに戻しましょう. 外から加えられた磁場の中で,棒磁石はこまのように回転しますが, こまが床との摩擦などでいつかは倒れてしまうように,棒磁石の回転も いつか止まってしまいます.
そこで,棒磁石の回転が止まらないように,さらに別の磁場をかけてやります.
これは,揺れているブランコが止まってしまわないように, 背中を押してやるのに似ています.
この別の磁場のかけ方ですが,ブランコが止まらないように 「あるぴったりの押し方」をしなければならないのと同じように, 「あるぴったりのかけ方」をしなければならないということはいうまでもありません.

これまでの話をまとめますと,「電子スピン共鳴」とは, 電子のスピンによってできた棒磁石に外から磁場をかけることで生まれた こまのような運動に,さらに別の磁場をかけて共鳴を起こす, というものであることがおわかり頂けたでしょう.

また,どんな物質(のスピン)を用いるかによって,

などがあります.
電子のスピンではなく,原子核の共鳴を利用したものに があります.

これらはまとめて磁気共鳴と呼ばれますが,磁気共鳴は 物質の構造解析にはなくてはならない有力な手段です.
それは「あるぴったりのかけ方」が,物質によって異なるためです.
この「あるぴったりのかけ方」とは,「共鳴周波数に等しい周波数の磁場をかける」 ということになりますが,実際の実験ではこの条件の時に 共鳴吸収のピークが現れます.
この共鳴吸収のピークと位置から,エネルギー状態,さらに物質の構造が 推定されるため,磁気共鳴は化学の分野で広く応用されています.


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